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社会福祉法人 祥寿園
社会福祉法人 祥寿園
〒751-0833
山口県下関市武久町二丁目53-8
TEL:083-253-5251
FAX:083-252-8706
 
 

職員ブログ

 祥寿園グループの職員が、施設の出来事や日頃感じたことを気ままに記載していくことにしています。頑張って更新していきますので、たまには覗いてくださいね。

スタッフブログ

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心の友  介護職員 F・Ş

2019-04-01
私には、7歳の双子の息子がいます。一卵性でよく似ていると言われます。顔の輪郭や声が見分けるポイントだと思います。たまに会う祖父は、1/2の確率なのに、いつも間違えます。0歳の時は、あまり記憶がありません。常に赤ちゃんが泣いていて、112時間睡眠。「毎日、死なさないで生きる」が数年間のテーマだったと思います。双子育児の本を買ったり、双子ブログを読んだり、双子サークルに参加したりと情報を集めました。便利な時代で良かったと思います。保育園に入園するとよく病気をもらってきました。仕事もよく休んでしまい、職場にもたくさんご迷惑をおかけしました。辛抱強く見守って頂き、有難かったです。おかげ様で、近頃は風邪も引きにくくなりました。4歳の頃、息子が「僕たち心の友だよね。」と言ったことがあります。心の友?ドラえもん?ジャイアンの「オレの物はオレの物。お前の物もオレの物。」だぞ?…でも合ってる。(最近は上手に分け合ってますが)彼は友情を表現したかったのでしょう。まぁ、仲良く元気でいてくれたらいいなと思います。
 

子供の成長  介護職員Y・M

2019-03-01
もう間もなくお花見のシーズンを迎えますが、皆さんはお花見コースを決めていらっしゃいますか?私は毎年、下関市民のお花見定番スポットである、戦場ヶ原公園に行くことにしています。戦場ヶ原公園に行くと、桜の木が何百本と植えられていますが、その中から1本の桜の木を決めて、息子と娘と一緒に写真を撮ることを、毎年のマイ行事にしていました。初めて写真を撮った年は、私が寿海荘に就職した年で、息子は保育園の園児服を着て、娘はまだ1歳前だったので、私が抱っこした姿で写真に写っています。子供達も小さかった頃は、併設の児童公園で遊んだり、出店のおいしい物を買ってもらうこと目当てに、喜んで付いて来てくれましたが、成長するにつれ面倒臭がることが多くなりました。そして、地球温暖化の影響か、その頃には既に桜の花も8分咲きとなっていた昨年の331日、「あんた達と写真撮るの、今年で最後だから」と、息子にお願いして、桜の木の下で写真を撮りました。その翌日の41日に息子は就職したため、家を離れ、今は北海道にいます。息子は社会人、娘はこの4月から高校生で、只今、絶讃反抗期となんだかあっという間に卒母されてしまった感のある今日この頃ですが、これからも初心を忘れず、謙虚な気持ちで毎日の業務に取り組んで参りますので、皆様、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。

新たな目標  介護職員 I・K

2019-02-01
私には娘がいます。娘は小学校1年から6年まで県大会出場と言う目標を持ちながらバレーボールをしていたのですが、残念ながら夢は叶わず中学生になり、今度は自分一人の力で県大会出場の夢を叶えると個人競技である陸上部に所属し、高跳びを始めました。高跳びの選手としては背が低く、思うように飛べず涙した日もありましたが、諦めることなく毎日がむしゃらに部活に励んだ結果、夢である県大会出場を叶えることが出来ました。更に中国大会出場まですることが出来ました。でも娘は満足しておらず、今年高校に進学するのですが、高校では3年間中国大会に出場し記録を残すという新たな目標を立てています。負けず嫌い過ぎる娘でどうしようもないのですが、目標に向かって頑張っている姿はとてもかっこいいです。前しか見ていないあの姿を見ていると自分も頑張ろうと思えます。なので、結果がどうであれ娘が諦めない限り全力でサポートしていこうと思います。

やり続けること  事務職員N・S

2019-01-04
次男は小学1年からソフトボールを始め成長につれ甲子園出場の夢が膨らみ懸命に追い求めましたが、果たすことなく高校野球は終わりました。予選敗退後の喪失感で野球が嫌になったようでした。人前に出る事を嫌がる次男を無理やり球場に連れて行くと、次男を知る方々から「福岡で主将してよく頑張った」と労いの言葉をたくさん頂きました。お蔭で徐々に気持ちも和らぎ前を向くことが出来たようでした。そして野球で進学も決まり今はホッと安堵しています。この一連の出来事で「言葉」「繋がり」「やり続ける」の重要性を改めて感じることとなりました。凹んだ心を癒してくれたのは優しい言葉でした。その言葉を掛けてくれたのは野球を通してできた人との繋がりでした。そして、野球をやり続けた結果、自らの力で人生の扉を開くことができました。この事を踏まえて、自分の歩んで来た過程に自信を持ち、周囲へ感謝して、更に大きく成長してもらいたいと思います。

海響マラソン  介護職員S・S

2018-12-01

職場の方に誘われ今年初めて海響マラソンを走りました。いつか、フルマラソンを走ってみたいと思い今回参加しましたが、1ヶ月前から練習を始め、走れる日は毎日練習をしました。しかし、練習を始めるのが遅すぎ、膝の痛みと戦いながら本番を迎えました。まぁ行けるだろうと過信し、当日もゆっくりと準備をし家を出たのですが、到着すると荷物を預けたり着替えたりしているうちに整列の時間がやってきました。ウォーミングアップをすることも出来ずスタートしました。思いのほか体は軽く自分の中で「余裕」と思っていましたが、25㎞を超えたあたりから足が痛くなり少し走るだけで息切れを起こすようになりました。それから残り20㎞弱は地獄でした。天気も良く11月とは思えないほど暑く、走っても走っても終わる気がしない中、職場の上司に出会いました。つらい中応援してもらえると、とても元気が出て頑張ろうと思えました。とてもいい経験ができ良かったですが、ゴールを迎えた時の達成感よりも「もう二度と走るか!!!」と思いました。完走できて良かったです。終わった日の夜、マラソンのため1ヶ月我慢していたお酒を飲もうとしたら疲労により、寒気、吐き気が襲いかかってきました。熱を測ってみると37.8度と表示されていました。結局楽しみにしていたお酒ではなく、カロナールを飲んで寝ました。悲しかったです…。来年はもう走らない事を改めて決意しました。

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